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織月の夜に

毒にも薬にもならない言霊


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書くばかり、と言うのも息が詰まる。
偶には他からの要素を吸収しなくてはならない。
その配分がどちらに傾くかで作業の進行度合いが大きく異なってくる
訳ですが、明らかに遅延してしまっている現在。
 
明日からまた生活が変わる為、余計に作業の進行が遅れる事になりかねず、
些か頭を悩ませていますが、焦っても仕方ない。
兎に角書く事を明言しているのだから、出来得る力の限りを発揮して書いて
いくだけの事。
 
少々休息を取り過ぎている感も否めないのですが、他所から得てくる影響と
言うのは自分にとっては計り知れないもので。
他の方からの影響が無ければ今の自分もありえない。
なので、これは適度な休息。
 
人によって適度の度合いも変化するでしょうが、それはそれ。
自分にとって適度なら、それが判断基準。
誰になんと言われようとも、それは揺るがないのですから。
 
それでは、戻るとしましょう。
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今書いているテキストの保存名なんですけどね。
別に深い理由も無くつけた訳ですが。
 
何の為にと言うのは人それぞれ違う物。
その違いを分けられるように、書ければ良いとは思うのですけどね。
これが中々難しい。
まあ、一人分も書き終えていないのですが。
 
同じ事を繰り返して、徐々に答えが変わっていくのを表現出来れば一人は完成なんですけどね。
もう一人は難関となるでしょうが。
 
さて、それでは思考を切り替えて、書いてくるとしましょう。
一つを重ねて二つと成して、また重ねる。
その積み重ねが物事を織って行くのではないかと。
 
一つには苦労が積もって、二つになった時に結果が分かる。
その結果を受けて、三つ目と成し、それをひたすらに繰り返す。
そうやって重ねて行く物が大事なのではないかな、などと思っております。
 
楽をして重ねた物に人からの評判はそれ程良くないだろうし、そうやって
重ねた物では鍍金も剥れやすい。
苦労に苦労を重ねて一つの物を作って、苦労をしていない風に見せる為の
鍍金を被せる。
そうやって作られるものが人の目に止まって、評価を得られる訳です。
 
本当に苦労をしていない人なんている筈は無く、そう言う風に見える人は裏でどんな苦労をしているのかを見せない人なのではないでしょうか。
まあ、見抜かれてしまえばそれは白日の元に晒されてしまう訳ですが。
早々見抜けるものではないとは思いますけどね。
 
そう言う人に成れれば良いとは思いますが、何処かしらで愚痴が零れてしまうと言う事は多々ある。
その愚痴は見ていて決して楽しい物でもなく、他者にとっては毒薬で。
かと言って、砂糖菓子のような理想を見せ付けられるのも御免ですが。
 
思考が纏まらなくなって来たので今夜はこのあたりで。
某巨大掲示板設立者の有難いお言葉。
こんな感じではなかったかな、と思い出して表題に。
因みに、今夜の話は分かる人にしか分からない。詰まらない話です。
それでも良いのなら追記でも読んでいって下さい。

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半月。
側面に陽光を受け、そこだけが光を放っている。
そんな解釈で良いのかは知りもしないが、半分だけ。
月は欠ける訳でもなく、ただ陽光によってのみ姿を変える。
 
元は同じだったのに。
形は何ら変化してはいないのに。
空に穿たれた穴。宙に浮かぶ鏡。
そんな何かを連想させ、古来より人を惹き付け、焦がれさせる月。

浮かぶ月を見上げても安らぎを得る事とてなく。
浮かぶ月が見上げられなければ安らぎを得る事もなく。
浮かぶ月を見上げて人は『なく』。
浮かぶ月を見上げて人が『なく』。
 
 
 
さて、自分でも何を書きたいのか分からなくなってきましたので、
今夜は此処で。
表題の通り睡眠時間。
あまりに眠り過ぎても体に良くないそうだとか。
七時間が丁度良いらしいですが、皆様はどうでしょうか。
 
それはさて置き、時間が無いとよく言われる方は多いのではないでしょうか。
一日は二十四時間で、睡眠に七時間取られたとすれば十七時間使える訳で。
 
それだけあってもまだ足りない。
どれだけ時間があっても足りはしない。
一日が四十八時間欲しいと願う。
 
と言う方も多いのではないでしょうか。
確かに十七時間の内自身が自由に使える時間など、それこそ半分に程度でしょうから。
人は時間に縛られて生きている。
その時間の有効利用が巧い人が、真に生きる事が巧いのかもしれません。
 
が、誰もがそんな風になれる訳でもなく。
時間と言うものは無常にも過ぎていく物で止め様も無い。
ならば時間を増やせば良い。
そうなってくると削られるのが睡眠時間。
 
当然眠らなければ疲労が蓄積し、何かをやるにしても効率は低下する。
それでもそうしなければ有効に使える時間は増えず終い。
天秤がどちらに傾くのか。
それ次第で、その人の生活が変わっていくのでしょう。
 
眠りたいだけ眠ったにも関わらず、時間を有効に使える人。
眠りたいだけ眠って、時間が無いと騒ぐ人。
睡眠時間を削って、時間を有効に使える人。
睡眠時間を削っても、時間が無いと騒ぐ人。
 
どれが一番良いなどと言う事ではなく、単純に区切ってみただけですが、
皆様はどれが当て嵌まるのでしょうか。
 
それではこの辺りで失礼させていただきましょう。
そろそろ100ヒットですか。
今更では御座いますが、何度も足を運んでくださる方、初見の方も、このような拙文を読んで頂きまして有り難う御座います。
 
さて、全体と個。
知人との与太話を今更ながらに思い出しまして、少し個人的な事を書こうかと思います。
 
全体を見るべき部分と、個人を尊重していく部分。
様々な場面で、様々な状況で、それは変わって行くのだろうと思っています。
そして、それは互いに交わっていて、決して交わらせてはならない部分だとも考えています。
 
例えば、公の場で自分が詰らないと言う理由だけで文句を言うなど、馬鹿げていますし。
全体。いえ、この場合は社会と読んだ方が良いのかもしれませんが、その全体としての動きの中では個は消していくべきなのではないのかと。
その全体の中から自分に当てられた役割。
その中でなら幾らでも個を発揮すべきでしょうし、その中で自身の色を出せないと言うのは勿体無いとは思いますが。
 
まあ、何故かは知りませんが、個としての特徴を消したがる人が多いのは事実でしょう。
自分は特別ではない、普通の、ただの人なんだから、などと遠慮してしまう人が身近に居る方なら分かって頂けると思います。
ですが、それは勿体無い物だなと、そうは思わないでしょうか。
 
世の中は全体として動いては居ます。
が、その中でも個としての動きは決して否定される物ではなく、個人の特徴を遺憾なく、口に出して語る物ではないですが物語ってくれる。
その印象が最低であろうが、それは瑣末な事に過ぎず、その人が持っている、生きてきた過程を示す物。
何故隠したがるのか、そんな事を何故か長々と語った夜。
楽しかったですがそのお陰か目が冴えて、結局寝れたのが二時間弱と言うのは些か問題でした。
 
それでは、今夜はこの辺りで。
毎夜毎夜現れては何かを語っていく。
簡単な様で非常に難しく感じられますね。
自らが話題を切り出し、それに沿って話を進めるからだとは思うのですが。
そう思うと、作家の方々やテキストサイトの方々は凄いと思う訳で。
ネタ、探さないと拙いですね。現状では書く事がそれほどないので。
 
何故書くのかは以前言ってしまいましたし、他にも思いつく限りは今の所書いてしまいましたし。
話す上、書く上でネタを多く持っている人はそれだけで強みとなりますね。
それについて細々と語れば、何とか更新出来る訳ですし。
 
は此処に日記を書く気がないので、余計にネタを探さなければなどと思いますね。
個人の考えをただ吐露していくのと、個人の日常生活を綴って行くのにどれだけの差があるのかと問われれば微妙な話ですか。
 
無理に長く書くのも意味が無い事ですので、本実はこの辺りで筆を置かせて頂きましょう。
書くべき物も見つからないので、話題とは何かと考えてみましょうか。
 
話題
 
それが他者との話に用いるのか、自身が一人呟く為に用いるのか。
それによって出すべき話題も変わってくるのではないかと。
まあ、当然の事なんですけどね。
コミュニケーションを取る手段として、誰もが言われるまでも無く身につけている術だと、そう思っていますから。
 
例えば、知らない人に自身が知っている話だけを押し付けたとして、そこに何が生まれるのでしょうか?
話し方が巧い人であれば、それに興味を持たせる事も出来るでしょう。
ですが大概は、コイツは何を言っているんだ、と言う感想を抱くのではないでしょうか。
表面上そうは見えなかったとしても、内心ではそのような事が起こりうると。
それに気付かないまま話を続け、その人との間に溝が出来てしまっては元も子もない。

この社会に於いて、コミュニケーション不足と言うのは大きな損失となるのではないでしょうか。
人と人の繋がりが齎してくれる利益など多々ありますからね。
そう言う意味で、誰かと話すために用いる話題は選ぶべきだろうと。
 
独り言に限っては、その枷などなくなりますがね。
ただ多くの人に見られてしまうのであれば、言葉も選ばなくてはならないし、
出すべき話題と言うのも制限されてしまうでしょう。
陰鬱とした愚痴など見ていても、何の面白味も無いですから。
 
さて、それではこの辺りで筆を置かせて頂きましょう。
何やら書くものが重なると此方に着たくなくなる様で。
取り敢えず少しでも向上すべく書きますがね。
 
表題は書くべきか、書かざるべきか。
何処かの演劇からパクってきた一言ですが、書くべきだと。
兎に角書かなくては文章力の向上など夢のまた夢で。
書き物で食っていく訳でも無いんですが、人に見せるなら相応の文章力は必要となります。
思い込み、と言われてしまえばそれまでですけどね。
 
今自分が居る場所は、そう言う意味で参考にする人も多く居ますし、自身の実力の無さも思い知らせてくれる良い環境です。
その中で埋もれてしまわぬように、毎日何処かで何かしらの研鑚を重ねて、一つでも上に昇れたら、と此処で書いている訳で。
 
それでも、書けない時に無理に書くべきではないかな、とも思います。
俗に言うスランプに陥ってしまえば、如何足掻いても書けないですし、無理を押して書いた所で出来は今一つ。
納得できない物を人様に見せるなど、流石に問題でしょう。
別にこれは自分自身に当て嵌めるだけで、他者に強制するつもりなどは無い拘りですけれど。
 
それでは今夜はこの辺りで、筆を置かせて頂きましょう。
寝て起きるまでが昨夜と言う事で、納得して置いて下さい。
それでは昨夜に引き続き、話しそびれた期待について。
 
他者へ寄せる期待は裏切られる物だと言いました。
ただそれは、良い意味で裏切られるのか、悪い意味で裏切られるのか。
この大きな違いが存在しているように思えます。 
概ね私の場合ですと、良い意味で期待を裏切られる事が多いですね。
期待などしても無意味な人など、数多くいますから。

それを選ばなければ、悪い意味で裏切られ続けるのでしょう。
そうなってくると何もかもが馬鹿馬鹿しくなるのではないのかと考えたりもしますが、結局自業自得なんですよね。
人を選ぶ目を養ってこない自分が悪いのですから。
 
信用に足る人、期待を寄せるに足る人。
そう言った人を数多く見付ける事が出来なければ、どんな才覚の持ち主であろうとも野に埋もれるだけの存在となってしまうのではないでしょうか。
諸葛孔明辺りが、それに最も当て嵌まっているように。
彼は劉玄徳に見出されなければ、あそこまで名を広める事も無かったでしょうし。
 
題目からズレにズレて行きましたので、今夜は此処までとさせて頂きましょう
何処かの誰かが二時間に一回更新しろとか。
それを受けて態々更新するのも如何かとは思いますが、やってみましょう。
慣れぬ言葉の使い方なんですけどね。
笑われても気にしない方向で、表題について書いていきましょうか。
  
期待
 
これからどんな想像をしていくのか、それは各々の個性が出る場所だと思います。
他人に抱く期待と、自身に抱く期待。
種類としてはこの二通りくらいの物ではないでしょうか。

今回の物は二時間に一度くらいの更新を望むと言う、他者に対する期待。
この他者に対する期待と言うのは、概ね裏切られる物だと個人的には思っています。
中には期待以上の物を叩き出して来る人もいらっしゃいますが、稀に見る例外だろうと考えていますので。
今回の場合であれば此方の体が持たないので、裏切る事になるでしょう。
その前に、世迷い言なので期待ではないでしょうが。
 
では逆に自身に対する期待の方は、裏切ると思わなければ裏切られない物だと感じています。
自身に期待する。訳の分からない言葉だとは思います。
此処では私の考える何かをしたいと言う気持ちで語っていきますが、各々で考えてみるのも一興かと。
 
さて、自身の期待を遂げるのであれば自分がそれに近付けば良いだけの事で、何ら難しい事もないだろうと思います。
挫折が癖に、他人が足かせになるなどと言い訳をする、こんな人でなければ。
理想像になる事は難しくとも、理想像に一歩でも近付く事は容易。
ならば時間は掛かろうとも裏切る事は出来ない筈です。裏切らない限りは。
 
こんな事を書いているのは、結局は自分の為です。
自身の期待する物にの為に一歩でも近付く為。
期待は裏切りたくない物ではありますけどね。
他者の物も、自身の物も。
今回は裏切りますが。
 
それでは此処で筆は置かせていただきましょう。
書く事が見つからない。そんな事は多々あるものなんですかね。
平々凡々とした日常ではそんな物なのかもしれませんが。
ただ無為に過ごしているだけだとは思いたくないものですが、現状ではそうなっている気がしてなりません。
まあ、自らが動いていないだけな気もしますけれど。
 
話は変わりまして、格闘ゲームが好きなんですよ。
対戦環境が整っていない為、妥協してそれ程好きでもない対戦環境の整ったゲームをやる。
なんだかとても、遣る瀬無い気分になれる事この上なし。
これも動けばどうにかなるものなのでしょうか。
 
どちらも動けば変わっていく問題なのかもと、考えずにはいられませんが、どうしたものか。
時間は有限で、限られた中でしか動けない。
 
それをどう有効に使っていくのか。
これが課題なのかもしれません。
 
さて、それではここで筆を置かせていただきましょう。
勧められたままに、ただ作ってみたこのブログ。
気付く方は直ぐに何かに気付いてしまうだろうし、気付かない人は気付かないだろうと思う。
まあ、所詮は個人のブログ。
 
あまり大事にはならぬよう、好き勝手な事を綴らせて貰おうか。
愚痴であろうが、雑感であろうが、赦されるだろうし。
それでは暫しのお付き合い。
何が出るのかは今の所未定で、これから此処が如何言った風に転がるのかも分からない。
 
徒然なる侭に、気が向いただけ語ってみるとしよう。
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